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種類:くみこ(く〜みん)(♀) 誕生:1973年3月23日
生息地:大阪生まれの札幌育ち 血液:O型 動物占い:トラ
大きさ:152.7センチ 重さ:4●キロ
好きなモノ:ウサギ(^-^)Qoo 苦手なモノ:粉薬・面接試験・虫
好きな食べ物:イタリアン・カフェオレ・ヨーグルト・麺類・トバ等おつまみ系(爆)
嫌いな食べ物:ナマもの(お寿司含む)・野菜・山菜など… >野菜は少しずつ克服中
趣味:ライブ観賞・ライブ遠征、野球観戦(西武&横浜びいき。しか〜し、
日ハムがホームチームとなりレオファンからハム党になりつつある)
温泉(03年から炎症起こしてる為控えてる)愛車コパジェロくんで爆音ドライブ
特技:寝溜&完徹&長湯→20代中盤まで出来た(爆)動物的感?で道に迷っても辿り着く
免許・資格:普通自動車運転免許/身障者手帳:一種2級
医療事務技能審査メディカルクラーク(医科)2級/医事メディカルオペレータ
好きな空間:愛車コパジェロくんの中・ラッキー(愛うさぎ)の横(02年の私の誕生日に他界)
毎日欠かさないコト:毎朝新聞を読むこと(北海道新聞&日刊スポーツ)・うがい
自己分析:何とかなるさ精神・あまのじゃく・おおざっぱ・負けず嫌い 総合評価⇒良いとこなしυ
好きなアーティスト:藤井フミヤ⇔CHECKERS、アブラーズ、エレファントカシマシ
ウルフルズ、ハイロウズ、三谷幸喜(?アーティスト?)
SMAP、東京スカパラダイスオーケストラ、高野寛
バックストリートボーイズ、ダルファー、ポール・ウェラー…etc
良く見るTV:めざましテレビ・めちゃイケ
他ニュース・情報バラエティー・音楽番組・ドキュメンタリーもの…など
PC環境:Macintosh Performa 5430(1997年3月購入)・136MB・
Mac OS 8.6・Netscape 4.5・IE5・フレッツISDN・PageMill3.0・
Illustrator8・Photodhop5.5・PhotoDeluxe・ImageReady2.0・
プリンタ>EPSON MJ-510C・デジカム>SONY DCR-TRV900 …etc…
リウマチと一言で耳にすると、お年寄りがなる病気…っと思うかもしれませんが
そんなことは全くありません!!以下は私なりのリウマチ所見です。
以下の症状は簡素にまとめたものなので、詳しくは『リウマチ情報センター』
又は、検索エンジン“リウマチ”で調べてみて下さい。“JRA”
日本中央競馬会ではありません。“JRA”とは若年性関節リウマチ。
若年性は主に16歳までに発病したリウマチ。
万人に1人という確率で発症する原因不明の難病指定。
若年性の場合、それぞれ症状が様々あるが、私の場合、12歳で発病し始めに
高温の熱が続き、関節が炎症を起こし、言葉では言い表せない痛みを襲った。
トイレさえも立つのに苦痛を伴う。動かすと痛いため、安静にしていると
関節が固まりだして、生活の困難を極める。
寛解(落ち着くこと)することもあるが、そのまま“RA”慢性関節リウマチ
に移行するケースがほとんどである。“RA”
慢性関節リウマチ。ギリシャ語の流れ『リューマ』が語源。
20代〜30代の女性に多く発症する難病。全国で推定70万人の患者がいる。
簡単な説明をすると、血液中の炎症反応(CRP)や免疫異常などにより、
多関節に炎症が起こり、関節が破壊され変形に至る。合併症で貧血やシェ−グレン、
薬の副作用等も含め、内臓機能が低下、悪化する場合もある。
ちょっぴり専門的に説明すると、細菌やウィルスから自分の体を守る免疫機能が
自分の体の成分を異物と判断して、関節の中の滑膜に攻撃を起こす。
滑膜の毛細血管から関節腔内の液量が増殖し、滑膜が厚くなり関節が腫れる。
関節液が溜まると骨の中のカルシウムが失い、軟骨がすり減って骨が破壊される。
特定のウィルスへの感染、外傷や精神的ストレス等も関与している。
明確な理由は現在のところ不明だが、遺伝病とも違うらしい。現在は寛解(落ち着くこと)はあっても、完治する立証もなく原因も未だ不明。
しかし、2010年頃、原因が解明されるであろうという明るい見解もある。私の場合、O型特有の何とかなるさ♪精神で17年この病気と付き合っていますが、
ハッキリ言って自分でもリウマチのコト、あまり勉強していませんでした…。
正直なところ“私はリウマチです”っと表立って宣言したくなかったし、
今まで健常者の中で対等に生活していきたいと思っていたので、
病気や病名のことは伏せていました。
でも2000年に入り、手術に踏み切ったコトで、たくさんの人たちと出会い、
これじゃいかん!!と思ったのです。もっともっと勉強し、同病者の力になったり
健康な方に少しでもこの病気のコトを理解してもらおう!!と考え、
この機会に思いきって2000年7月に立ち上げてみました。あるお役所関係者に『手術したら治るんでしょ』と言われたことがあります。
たとえ人工関節を入れたとしても、不自由さは残るし、各関節の痛みが全く
なくなるようなことは残念ながら立証されていません。
また、カルシウム不足が原因だとか食べ物の好き嫌いのせいだとも言われます。
そういう偏見が現実にはいっぱいあります。家族・友人・知人・恋人・そして、自分にいつ降り掛かってくるか
わからない様々な病気。最初は悩んだり、落ち込んだり、投げやりになることも
時間を経過しても、いっぱいいっぱいあります。
でも決して下を向かないで、胸を張って笑顔でいて欲しい。
まだまだ障害者には厳しい世の中だけど、少しずつ改善していってもらいたいし、
改善できるように自分から発信していきたい…。
このHP上で私自身もいろいろと詰め込んでいきたいと思っています。私にとってリウマチとは・・・
いろんな人生を味わえて得した気分〜♪ってカンジかなぁ〜。
たしかにこの病気のために諦めた夢もあります。でもその道が逸れても
たくさんの人に出会えたし、最長到達点のコトに達しなくても関連したコトに
少しでも関わることができたので、人並みに十分幸せに思います。
現在、仕事をしながらリハビリに通い、趣味も謳歌し、リウマチと共に生きています。
へこたれるコトも、愚痴るコトもいっぱいあるけれど、そんな日もありってコトで、
笑いを忘れずに、これからもリウマチとケンカせずに一生仲良く付き合っていきたいッス。
【RAの遍歴】12歳になる直前の2月某日、突然若年性関節リウマチ(JRA)と診断され即入院。
中学時代は入退院を繰り返し、何とか卒業。
高校時代、某ラジオ局での“実行委員会”メンバーになり、会報作りの編集を担当。
リウマチはかなり回復し、高1の冬には3年ぶりにスキーが滑られるまでに!!
在学中、スーパーのレジのアルバイトで、人見知りを克服。
卒業後、ラジオ局のスタッフとして働く。主にリクエストの電話受付ギャル(爆)
1年後、集計係として音楽の世界にどっぷりとはまる。
ラジオ局の他、テレビ局・イベント会社で電話受付ギャル(!)として派遣され、
各所で数多くのアーティストと会い、業界の一服の楽しさを知る。
93’8月(20歳の夏)最愛のおかんが53歳にして悪性リンパ種で他界・・・。
その後、関節の痛みをガマンしながらも仕事が趣味のように働き、95年担当番組終了。番組名の変更後も引き続きアシスタントとして働き、96年10月、ライブの打ち上げで
念願の藤井フミヤ氏に会うことができた☆☆☆ まさに、緊張と感動の瞬間だった…。
このコトがきっかけではないが、音楽業界で働く意欲が薄れたのと、体力の限界で
99年3月をもって勤続7年…ラジオ局での勤務を終える。
同年2月より某通信販売会社のオペレーターとして1年勤務。ストレスの日々…。
膝の関節包癒着切除手術のため、翌年2000年の1月退職。
2月末手術執行、2ヶ月の入院リハビリを経て退院。5月〜8月末、松葉杖&装具を着けて公共交通機関を使用しながら週2回リハビリ通院。
8月末に、思いきって愛車コパジェロくんを購入後、9月末、障害者雇用にて就職決定。
10月より契約社員として初めてフルタイム勤務に。その傍ら週1度リハビリ通院継続。
11月より右足首・両肘の痛みを再燃しつつ、12月に大阪&東京へライブ遠征。
2001年・・・頚椎、右膝と新たに痛みが発症し、両肘の痛みも増した。
秋、右膝に滑膜の増殖も見られ、ステロイド注射を16年振りに接種。
しかし、期待したほどの効果は見られず、年明けの2002年、滑膜切除手術決断。
同年10月左手中指の人工関節置換術を施行。
12月中旬、大阪4日間のひとり旅に出て、たっぷりと鋭気を養って来た。
2003年・・・5月、右膝の半月板部分切除のため、再手術。
RA18年にして、初めてプレドニン(頓服)処方。余程の事がない限り服用せず。
10月、3年勤めた会社を健康上の理由により退社。
資格取得を目指し、しばし充電期間に入る。
3月、9月とライブ遠征で東京へ。恒例になりつつある年末の武道館ライブも参加、
帰札し、年明け早々39度の高熱に悩まされ、病院へ。頚部の壊死性リンパ節炎と診断
26日間の入院を余儀無くされる。予想外のこの病により年明けに予定していた
右肘の肘部管症候群の神経移行術のオペは4月に延期。
・・・今後の21世紀は果たしてRAの治まる時代は、やってくるのだろうか?
RAの研究が早いか、RAの進行と共に関節破壊の方が先か・・・。
少しでも関節破壊と痛みがなくなればっと願いつつ、仕事も遊びも楽しくやっていきたい。
まだまだこの先も自分探しのため、模索の日々は続いていくのだろう・・・。
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